コーダについて

8 3月

コーダとは英語の略語CODAからきています。

Children of Deaf Adultsで、ろう親を持つ子供という意味になります。

 

ろうコミュニティの中で、CODA(コーダ)は耳が聞こえない親を持つ聴者の子供という意味で理解されているのですが

英語の直訳を見ると「ろう親を持つ子供」となるのでその意味で理解すれば、ろう児もコーダになります。私はコーダと言われたら、一応、聴者だよね?と確認を取るのですが、だいたいが聴児でろう児だったことはないです。ろう児だったらコーダという言い方をせず、ろう児っていうのがほとんどだと思うので、まぁ、それも驚くことでもないのですが。

コーダの誇りというタイトルの映画、時間のある時にご覧ください。

この映画はラチェルというコーダの子が全米高校映画コンテストのために作ったもので

みごとに優秀作をいただいたものだそうです。

以下、日本語訳です

 

(音のない状態で映像が流れる)
これはサイレントムービーではありません
これがどのようにしてろう者がこの世界を理解しているかなのです。
全てが視覚的で、雑音、色々な声、音はありません。

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私の名前はラチェル・ベアー、14歳
私の兄 ヤコブ、そしてサラという妹がいます。
そして私の耳が聞こえない両親、ジュリーとジョーイ
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私の兄妹はCODA(コーダ)
コーダとはChildren of Deaf Adultsの略語です。
ヤコブ、サラ、私はコーダとして、ろうコミュニティの中にいる多くのろう者と出会ってきました。
ベイエリアにあるろうコミュニティは広く、だからコーダのコミュニティーもそれに伴って存在しています。
 らt
コーダの誇りにもいろいろあって
例えば、マイケル・ベレスとシェリー・ヒックスによるハーフハーフのデュオに見られるソングーサイン(song-signing)
ハーフハーフとは半分が聴者で半分がろう者ということ
ではコーダのあり方について説明してくれるマイケルさんを紹介しましょう。
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こんにちは、僕はマイケル・ベレス コーダとして誇りを持っています。
コーダのことについて知っていない人が多いでしょう。
でも僕たちは
僕たち自身のことについて
このユニークなコミュニティーについて
誇りを持っています。
今日は君たちにそのことについて色々教えてあげるよ。

言語について

僕はコーダとして、アメリカ手話の中で育ってきたんだ。
アメリカ手話が第一言語で、英語が第二言語
ほとんどのコーダがバイリンガルで育ってきて
二つのコミュニケーションモード、つまり英語とアメリカ手話を日常で使っているよ。
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(ダンテ・ブルックス君)
僕の両親は(僕に)アメリカ手話を教えてなきゃいけなかったんだ。
でなきゃ、コミュニケーションが全く取れなかったからね。
もし教えてくれなかったら、もっと難しかっただろうね。
だって僕が覚えた最初の言語は(英語でなくて)アメリカ手話だったからね
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(ジャクソン アンダーソン コバック)
普通の人が英語を学んで育つように、アメリカ手話を学んで育ったんだ。
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(ダニエレ・モイヤー)
(アメリカ手話を)学習した覚えなんてないわね。
ただ、二つの言語を知っていて、そうやって育ったということは覚えてる。
これでアメリカ手話がわかる、英語がわかる、みたいな、そうやって気づいた瞬間なんてなかったわ。二つの言語を知っていて、そうして育ったのよ。
(ダンテ・ブルックス君)
ひとつ以上の言語を知っている今
普通に話すこともできるし、アメリカ手話を使うこともできる
ろう者とコミュニケーションをとるとき、 ろう者と話すときもやはり普通に話すことができる
それはやはり(僕が二つの言語を)両方知っているから

二つの言語の間で

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 (マイケル・ベレス)
 二つの言語を知っていることについてだけど、個人的にはアメリカ手話を使う方が好きで
それは如何してかというとやはりそれはアメリカ手話が僕にとってネィティブ言語だから
それは、英語と比べて、明らかに自然な成り行きだし
やはり一番使っていて心地がいい。
使っている時が一番、自分らしさを出せる。
それに(使っている時は)英語を使うよりも自分らしい様々な表現ができる。
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(ダンテ・ブルックス君)
英語よりもアメリカ手話を使う方が好きなんだ。
だってアメリカ手話が第一言語だし、使っていて心地がいいんだ。
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(ジャネット マックスウェル)
英語は社会的に使う言語です。でも手話は手話通訳者として職業的に使う言語です。
そして私にはあれよりもこれがいいという好みの言語がありません。
二つの言語を使って、コミュニケーションをとるということを楽しんでいます。
五分五分といったところかしら。
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(ジャロッド・モイヤー)
僕が思うに、英語かアメリカ手話を使う状況によると思うんだ。
友達と一緒にいる時は英語を使うだろうし。
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(ジェシカ・スマリオ)
私の兄弟は聴者だし、一緒にいる時は話すわ。
でもお父さんが部屋に入ってきたら、手話で話し始めるわ。
好みの言語なんてないわ。
でも私の育った環境と言語を見れば
(ジャクソン・アンダーソン・コバック)
僕の友人たちの多くは聴者だし、彼らはアメリカ手話なんて全く知らないよ。でも僕にとってはアメリカ手話を使う方が好きだな。自分らしい表現ができるし。

手話やろう者を知らない聴者たちのリアクション

(マイケル・ベレス)
コーダとして手話は自然なことなのです。私たちは日常生活で手話を見ています。
でもろう者にあったことのない聴者からにしたら、ろう文化について全く知らないし、手話についても全く知らないでしょう。だから彼らからにしたらそれは心地が良くないものかもしれません。
また、彼らの初めてろう者にであった時の彼らのリアクションは本当に様々でしょう。
(ジャロッド・モイヤー)
僕の両親がろう者だってわかったら、いつも色々聞いてくるんだ。
どうやってテレビを見るの?どうやって車の運転をするの?みたいな
(ジェシカ・スマリオ)
あ、ゴメンなさいって謝られるか、色々聞いてくる人もいるわね。
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(ジャネット マックスウェル)
点字が読めるの?
運転できる?
本当に見当違いの質問をしてくるのよ
私の両親には全く関係のないことなのよ。
手話について全く知らなくて、バイリンガルとは何かについて全く知らない人たちの考えることよね。
(ジェシカ・スマリオ)
聞いちゃいけないことを聞いたと思って
ゴメンなさいって謝ってくる人もいるわね
それでそれ以上何も聞いてこないのよ
(ダンテ・ブルックス君)
(変な顔をする)こういう風にリアクションすることが多いよ
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(ミキタ・バンダー・コートーエストラダ)
ほとんどがびっくりしたリアクションをする
だって私の(学校の)成績がいいから
ほとんどの人はろう者があんまり物事を知らないと思ってるの。

偏見

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(マイケル・ベレス)
ろう者に対するステレオタイプを持っている人は沢山いる。
多くの聴者はろう[deafness]を障害としてみなす。
ろう者たちは他の人たちと同様にコミュニケーションをとることができないと思っている人が多いのです。
でも実際ろう者であるということはそのように限定されていることではないのです。
彼らはろう者かもしれないが、だからと言って「静かな人」[silent]ではありません。
(ジャロッド・モイヤー)
自分の親が受け身だと思った事なんてないよ。彼らは自分の意見を持ってる。
両親ともに大学卒だし、良い教育を受けている。
(ダニエレ・モイヤー)
お母さんもお父さんもシッカリした人よ。
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(ミキタ・バンダー・コートーエストラダ)
ろう者だからと言って、馬鹿なわけじゃない。
私のお母さんは数学が得意で、私に数学を教えてくれるの。
(ジェシカ・スマリオ)
私のお父さんはとても賢い人よ。
大学へ行ったし、コンピュタープログラマーなのよ。
お母さんだって教育を受けたし
彼女自身で暴力を受けた女性のための非営利チャリティーだって作ったのよ。
彼女は全米で暴力を受けたろう女性のための声になってるのよ。
絶対にろう者だから受け身ってなわけじゃないわ。

二つの文化の中で生きる〜コーダという集族

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(マイケル・ベレス)
コーダであるということは
僕にとって集族の一部であることなんだ。
言語と文化に富んだ集族
そしてそれは(その集族は)僕の魂に根付いているんだ。
それはずっと変わらないことなんだよ。
無視できないことなんだ。
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(ジャクソン アンダーソン コバック)
聴者とろう者の両方の二つの文化に僕は属している。
それってすごいことだと思うんだ。
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ジャネット マックスウェル)
コーダであるということは私にとって重要なことよ。
自分の親を誇りに思う機会を与えてくれたわ。
おじさん、おばさん、従兄弟、そしておじいちゃんおばあちゃんもね。
みんなお母さん側の方でろう者なの。
だから自分の家族と繋がることができたし
それは自分の両親との繋がりについてもそうなのよ。
だから自分がコーダであることに誇りを持っているわ。
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それは聴者の世界でコミュニケーションをとるだけでなく
ろう者の世界においても(コミュニケーションをとるのを)助けてくれる。
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(ジャネット マックスウェル)
それに私はコーダであることを名誉に思う。
私たちのような人は多くないし、狭いコミュニティーの中だから
ろうコミュニティは密接につながっていて
私が思うにコーダ達も同様に特色を持ってつながっている。
私たちが作っている絆や繋がりは
親がろう者であるということや
同じような経験を共有しているから。
だからコーダであることを誇りに思う。

共有した経験

(マイケル・ベレス)
だから、もちろん
私たちはろう者の親を持つがゆえに
ユニークで、似たような経験を共有している。
(ジャクソン アンダーソン コバック)
時々、僕の義理の父がラジオをつけて踊り始めるんだけど
それがある時、ただの雑音だったんだ。でもそれでも彼は踊ってたんだよ。
ジャネット マックスウェル)
ろうの両親とろうコミュニティはとても近いもので、つながっているのです。
だから社会的な交流の場で、親が(友達と)あった時、なかなか帰らないのよ。
それは『ろう者式のサヨナラの仕方』[deaf goodbye]って言われてるの。
で、私の親はいつも「五分したら行くぞー」っていうんだけど
二十分経ってもまだいるのよ。
それでまた「あともう少ししたらいくぞー」っていうの
それで私たちが(コーダ)「早くしてよー」っていうんだけど
「わかった、わかった、あともう少しだから」って…
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(ダニエレ・モイヤー)
時々私のろうの両親についての面白い話をする時
どんな感じかって?
いつもこんな感じ。
私の親が通訳を頼んできたとき
でも私は通訳が全然ダメで
特にウェイトレスさんに対して
時々、お母さんがご飯にいちゃもんをつける時があって
でも私はこれが嫌で
だから私は「彼女はちょっと違うものが欲しいみたいです」
っていうの。
曖昧に言うんだけど
でもウェイトレスさんは
お母さんの(ご飯に対する)表情をはっきりと見れるわけよ
でも私は冷静に「おねがいします」って
ウェイトレスさん、またお母さんの怒った顔を見て、
私が「はい、お願いします」っていうのを見て
ウェイトレスさんが混乱してるのがわかるんだけど
でも仕方ないわよね(笑)。
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(マイケル・ベレス)
いつでも私たちはろう文化を、そして私たちのコーダとしてのアイデンティティを大切にしています。

 手話で自己紹介 そしてエンディング

(それぞれが各自、手話で自己紹介)
(場面変わり、三人のコーダの子供が音声英語で会話
親が部屋に入ってきた途端、みんなが手話に切り替える)

 

 

 

 

耳の聞こえないこどもに本の読み聞かせをするときのルール

4 3月

耳の聞こえない・聞こえにくい子供たちに本を読み聞かせする時のルール15項目はデビッド R シュレパーという研究者によって提唱されたもの。

ろう親を持つろう児のリテラシー能力が優れているのは、言語が両者の間(親と子供の)で共有されているだけでなく、ろうの親がろうの子供に読み聞かせをする時のノウハウを身につけている違いないと仮説を立てたのが始まりとされています。

そして実際に親子の絵本読み聞かせの様子を観察することによって、まとめられたのがこの15項目のルール。

この15項目をろう親は本を読んであげる時に自然にやっているとされています。

 

本を読むときのルール15項目 (Schleper, 1997)

  1. 手話を通して、(書記言語)話を訳する。(概念に集中し、指文字を多く使うなど)
  2. 両言語を視覚的に見えるようにする。(子供が書記言語と絵の両方をきちんと見えるようにするなど)
  3. 言葉(テキスト)のその意味を詳しく説明する(書かれているその言葉の意味がわかるように説明するなど)
  4. はじめに「ストーリーを手話る」のを、何回かした後に、「ストーリーを読ませる」ことに留意する流れ。(最初にお話そのものに集中して手話をし、その後に書記言語に集中した説明をするなど)
  5. 子供のリードに任せる。(子供が何を読みたいのか、それが一番大切。子供が読みたいのはたくさんあるページの一部だけかもしれない。それでもいい。子供に任せよう)
  6. その文章が意味するものをはっきりと示す。(隠された意味をはっきりしめそう)
  7. ストーリーに合わせて手話の場所位置を変える。(本のページに対して手話をする時もあるし、子供に対して手話をする時もあるし、いつも通りの手話をする時も)
  8. 手話のスタイルを本に合わせて変える。(ストーリーをより面白いものにするために、表情を豊かにしてキャラクターを表現するなど)
  9. 本の中で紹介されている概念を日常生活につなげる。(ストーリーのキャラクターを実際のキャラクターにつなげるなど)
  10. 集中力を持続するためのストラテジーを使う。(肩を叩いたり、手を振ることで注意をこちらに向けるなど)
  11. 視線を使って関心を引き寄せる。(読んでる間、子供をみる)
  12. ロールプレイを尽くして、色々な概念へと拡張させる。(本を読んだ後、実際に行動をしてみせるなど)
  13. 言葉のあやを手話の様々な表現で表現する。(同じような言葉を使うなら、様々な手話の表現で理解させるなど)
  14. 肯定的で常に学ばさせようとする姿勢を(ストーリについてどう思うか、また子供の視点に肯定的でいる)
  15. 子供に対して高い意識を持つ(読めるようになると信じる事)

参照先:
Schleper, D. R. (1997). Reading to Deaf Children: Learning from Deaf Adults. Washington, DC: Laurent Clerc National Deaf Education Center at Gallaudet University. (ISBN 0-88095-212-1)

動画を追加しました。

Japanese Sign Language Poetry by Hiroshi Vava

20 7月

One of the well known Japanese poet is named Kenji Miyazawa. His most famous iconic poem, Unbeaten by Rain, (Ame nimo makezu) is translated by a native Japanese Sign Language user, Hiroshi Vava.

Enjoy watching this with the English translation below.

Unbeaten by rain
Unbeaten by wind
Unbowed by the snow and the summer heat
Strong in body
Free from greed
Without any anger
Always serene

With a handful of brown rice a day
Miso and a small amount of vegetables suffice
Whatever happens
Consider yourself last, always put others first
Understand from your observation and experience
Never lose sight of these things

In the shadows of the pine groves in the fields
Live modestly under a thatched roof
In the East, if there is a sick child
Go there and take care of him
In the West, if there is an exhausted mother
Go there and relieve her of her burden
In the South, if there is a man near death
Go there and comfort him, tell him “Don’t be afraid”
In the North, if there is an argument and a legal dispute
Go there and persuade them it’s not worth it

In a drought, shed tears
In a cold summer, carry on
Even with a sense of loss
Being called a fool
Being neither praised nor a burden

Such a person I want to be

Translation Copyright © 2011 by Catherine Iwata, Fredrich Ulrich, Orlagh O’Reilly, Helen Bartos, Minaeri Park, Mokmi Park, Helen Bartos, Sophie Sampson, Kotomi Okbo, Eva Tuunanen, Alessanra Lauria, Sophie Sampson, Miwa Block, Nancy O’Reilly, Jasmina Vico & Yasuko Akiyama

あなたの子どもの目を通して:アメリカ手話 BY ThroughYourChild’sEyes(日本語訳)

30 11月

聴覚に障がいをもつ子ども達の親たちへ

このクリップの字幕を日本語に訳しました。

訳、間違っているところもあるかもしれません‥‥(〃゚д゚;A や、訳、長かった(汗)

すこしでも、あなたのへぇを頂けると嬉しいです。

では、お楽しみください。

制作
California State University, Northridge Department of Special Education and Deaf Studies & the National Center on Deafness
The California Department of Education
The Annenberg Foundation

(Youtubeより)

(タイトル画面表示)
”Through Your Child’s Eyes”

”あなたの子どもの目をとおして”

オープニング

全ての新生児が学ぶために、愛されるために、
この世界に産まれてきます。
言語習得するのに一番大切なもの、、、
特に、ろう、難聴の赤ちゃんにとっては?

新生児をもつ親にとって、子どもを愛することは
自然なことで、本能的なものでしょう。
これはあなたの絆です。
絆はコミュニケーションをしたいという生来的な要求を促すことでしょう。

あなたの赤ちゃんは
慣れた匂い、味覚、そしてあなたの暖かい肌のふれあいを通して、
この世界について学んでいくでしょう
そしてそれは、ほとんどの場合、その目を通して。

あなたの子どもにとって、
この世界で経験すること、言語は
ほとんどの場合、目を通して
容易く、自然に出てきます。

その目は、あなたの子どもの一番の強さです。

(場面変わる:Edith Wysingerさん)

親としての経験から、私のこれまでの道をお話ししたい。

簡単なことから、始めると、
食べたい、飲みたい、ママ、パパ、みたいな言葉を知りたいと思う。

だってこれらは大事なことだから。
子どもが大きくなるように、あなたの手話も子どもと一緒に成長していくようなそんな感じ‥‥。
花が開花するように
なぜなら子ども達たちの成長についていきたいから。

今、私の息子は、小学一年生、、、今、私たちにとっては先生のような、そんな感じです。

簡単な事ばかりじゃないけど
でも、コミュニケーションすると、もう嬉しい気持ちになる。

(場面変わる)

手話は完全な自然言語
他の言語のように、手話は交流や、意義のある機会を通して学んでいけるもの

現在、アメリカ手話はアメリカ国内で4番目に使われている言語なのです。
大学や、高校などの単位として教えられています。
赤ちゃんは言語を、継続的発達を通して、習得していきます。

アメリカ手話は、あなたとあなたの子どもが
持っている早期的関係によって育てられ
それはあなたのろう児、難聴児が、
個人の過程相互作用の大切さを学ぶ機会、
またその過程を助けます。

(赤ちゃん、ライオンを指さし、ライオンの手話)

大体、早期期間にアメリカ手話に触れた赤ちゃんは、
生後7、8ヶ月で初めての言葉を発話します。

(赤ちゃん、木の手話)

(場面変わる)

アメリカ手話は私にとって、特別なもの。私と関わってきた子どもたちにとっても。

素晴らしい教材
彼らの思考や、考えを発達させる素晴らしい鍵です。
私は高校生から生まれたばかりの新生児とも関わってきました。

子どもにとって親と関係を築くということは重要な事なのです。
子どもたちの親への愛着、また親がその愛と思いやりを子どもたちに与える事
そしてコミュニケーションはそのための鍵なのです。

家族のための特別なもの(アメリカ手話)、それはここにあります。

(Jenny Roncoさんに場面変わる)

基本的に私の役割は両親であること。
そして娘とコミュニケーションをとるということは私の第一優先順位でした。
両親として出来る事、それはドアをあけることでした。
アメリカ手話は私が開けたドアのうちの一つです。
発音教育、補聴器、そして他にも一緒に。
娘と一緒にそのドアを通りすぎました、それは安心感をともなったものでした。
私は、今とても祝福されている気持ちです。
そしてアメリカ手話は、私が決断したそのなかで、とても一番良いものだったと思っています。

(場面変わり 先生と子どものやりとり)

早期言語習得は認知成長、
つまり子どもが生きていくために必要なその思考と言語力を促します。

その認識力を通して、子ども達は
もっと抽象的に考えることができ、難しい行動にも営むことができます
早期言語は、このプロセスの臨界期です。
赤ちゃんと、幼児たちはアメリカ手話を通してコミュニケーションをします。

彼らは努力することなく
自発的に、必要や要求を
年齢的に合った言語力と概念的な発達は
(ライオンはどこ?)
高機能的な思考、抽象的な概念へと導きます。
(あかちゃん、ライオンを指差す)

===========

(場面,変わり Dr. Tomas Garciaへ)

赤ちゃんの脳は無制限の能力をもった器官です。

それは言語を学ぶためにデサインされています。
ろうの赤ちゃんにとって、言語がはっきりしていること、
そして赤ちゃんにとって分かる言語であること、脳内で可動伝達がなされること、
相互作用がされることは重要なのです。
学習することにつなげるために(情報が)アメリカ手話によって、視覚的である必要があります。
子どもたちはその目を通して
学習していきます。
その情報量へのアクセスがある子どもたちは幸せで
学習するための準備が整えられ
なにより意欲があります。

(Maureen Yated-Burnsに場面かわる)

子どもたちは自分の考えや気持ちを表す事ができます。
安心感があるのでしょう。

私は幼児と新生児を担当しています。

早期のうちから、彼らは安心感を伴って、
必要や、要求を親に言える必要があるでしょう。
親がそれに答えることができるなら、彼らは満足して、安心します。

彼らが保護されていて、大丈夫だという安心感。

豊かな言語、拡張的、柔軟性さをともなったコミュニケーションは、
両親、子どもたち、両方にそれを与えます。

言語が一つになり、コミュニケーション自体が簡易なものになった時
混乱、葛藤は全てちっぽけなものになります

(場面変わる)

すばらしいことに
脳に関する事が、今、分かりはじめています。

その脳の柔軟性、その適応力、
その習得能力、その脳の様々な機能を使う能力。
それらの能力を子どもたちは持っているのです。

子どもたちは言語資源、豊かな資源をもっており、
それは他の言語にしても、使う事ができるのです。

(場面変わる Dr. Patrick Boudrea)

全ての子どもたちはいくつかの言語を学ぶ能力をもっています。
言語が一つであると限定する必要はないのです。

また損失があるわけでもない。
そのプロセスはむしろ利益があるのです。
言語の様々な脳の分野の発達を助け
子どもたちはもっと柔軟的に、また高い相互作用能力を身につけることができます。

(場面変わる Miguel Sanchez)

(手話で話す事)僕にとって、大事だよ、だって、息子と男同士で話しが出来なきゃいけないからな。

(場面変わる)

早いうちから聴者の赤ちゃんが手話を使うことで、それが話し言葉への習得を促進させるように。

早期手話習得は重要な言語基礎の発達を支え、そして、それが後の複雑な思考の発達に必要になるのです。

(Kelly MacCarthy)

アレックスは今2歳で、毎日、どんどん手話をしていきます。

彼が日ごとに新しい手話を覚えたり、彼の成長をみていくことはとても素晴らしい事だわ。

彼は、、、、うむ、、、私、もう少し早く手話を始めていればよかったとおもっているの。

(場面変わる)

聴者の子どもも、彼らの手で、こうする。まぁ、子どもたちは彼らの手で遊んだり、眺めたりするわね。
でも、ろうの赤ちゃんは、、、、私たちはろうの赤ちゃんを観察して、研究したのよ。

動きが違うのよ。

彼らは言語の微妙な加減を学んでいくの。彼らは話そうとしているの、彼らは彼らの美しい、美しい手でコミュニケーションをとろうとしているの。
その形はどんどん洗練されていく、そして成長したときに、それは完全なコミュニケーションになるの:言葉、思考、考え、全て彼らに必要なものよ。

(場面変わる)

アメリカ手話を学んだ家族、その赤ちゃんは、今、一緒に。
自尊心、アイデンティティーはその家族と一緒に過ごした時間、建設的な経験の中から生まれます。

家族と一緒に学んでこそ、彼らは、ろう/難聴児をもつ親と出会い、
そして聾コミュニティ(共同体)を織りなす様々なひとたちを見いだす事ができるのです。

(場面かわる)

ええ、とても小さかった頃を覚えているわ。

一緒にデフカフェへ行って、家へ帰ったの。

三歳の彼女が寝ているのを見ていたの、彼女の手、寝ているときも動いていて、
とても美しかったわ。

今、彼女は10歳。

自動的にコードスィッチング(Code Switching)をやっているの。
聴者と一緒に居る時、声を使って、聾コミュニティのなかに居る時は、声をオフにして、うまくやってるわね。

(場面かわる)

研究で、子どもの社会的、学業的成長のためには家族の存在が重大であることが分かっています。
家族は学ぶための基本的な構造に重要な役割を果たしているのです。

つまり、ゲームで遊ぶこと、毎日の読書、他の家族、他の幼児と交流をすること。
先生を知る事、宿題の手伝い、

また、毎日の会話や、日常であったことなどを話すとき
アメリカ手話があれば、あなたは新しい場所、考え、言葉をこどもにおしえてあげることができます。

(場面変わる)

ろう者として育ってきた者として、
私の両親は私のことをよく知らないと、よく感じていました。
私の娘が生まれたとき、私の娘もろう者でした。
だから、娘とはきちんとした関係を築きたかったのです。
私が娘を知り、彼女は私を知るように。
手話が鍵だということは分かっていたのです。
彼女の最初の言語は手話です。
手話を通して、私は彼女のことをよく知っていると感じています。

(場面変わる Jacquie Chelemedos)

自分の同じ言語をはなさない人と一緒にすむことになるとは想像だにしていなかったわ。

私は、彼女が自分が想像を超えた世界(ろうの世界)へ入っていくのを見ました。
そして、彼女がとてもリラックスしていて、そして歓迎されているのも。
彼女が一段と階段をのぼっていく毎に、
私にとって見送ることは難しいことではありませんでした。

(娘登場)

今日からはじまって
あなたの子どもとコミュニケーションをとる
コップを見せて、「コップ」といって、「コップ」という手話をする。
なにかに指差しをして、本を持ってきて、手話を学ぶ、クラスへ行く、

娘:お母さん、どうして手話を学びたかったのかを言ったけど、
でも私から言わせてもらえれば、それは私をとても愛していたからだとおもうの。
お母さんは私と関係を築きたかったんだと思うの。
他の両親が子ども達とするように。
私のお母さんは同じ事がしたかっただけだとおもうの。
それは愛だとおもうわ。

母:そのとおりよ。

(画面変わる)

言語に潜んでいる最大限能力は全ての人達のなかにあります。
人間的経験は必須条件の部分です。
アメリカ手話による自然な早期言語発達はあなたの子どもの未来への鍵です。
あなたにその準備が出来ていなくても、あなたの子どもはきっと‥‥。

ディレクター/字幕 By DJ Kurts

Audismという言葉をご存知?

8 11月

Audismとは、1975年にTom L. Humphries(トム•ハンフリーズ)によって提唱された言葉である。(ちなみに彼の博士論文です)

そもそも[Audism]の『Audio』は「聴力」をさしており「ism」が付く事によって「至上主義者」という意味合いになります。直訳だと聴力至上主義者という意味になります。

さておき、wikiによれば、”「話せる/聞ける」という能力が、生きていく上でより良い生活をおくることができるという信念” のこととあります。

”Audism describes the mentality that to be able to hear and to speak is necessarily better and leads to a higher quality of life.

聴力至上主義者の例としては、親が手話を否定し、口話や、リップリーディング(Lip reading)などを強要したり、手話をちょっとだけ知っている聴者が、わざわざ大きな声で話ししたり(本人が希望していないのにも関わらず)、何らかの形で「聴こえる/聞こえない」を基準に、聴覚しょうがい者、難聴者、ろう者を排除しようとする行為のことです。

Types of Audism(聴力至上主義者の種類)

Physical(身体的)

一般的に多いのが身体的な聴力による差別、

例)電話対応ができないからといって、個人の能力や、才能が制限されたりする。

 

Linguistic (言語的)

身体的な聴力的差別が続くと、1980年代のアメリカや、日本の聴覚障害者教育のように、多くのろう学校で手話が禁止されたりと言語学的な差別になってしまいます。

Cultural (文化的)

例)1930年代のナチスの聴覚障害者大虐殺、去勢手術のように、障がいがあるからといって、人種差別をし、ろう文化や、歴史が、否定され、破壊される。

すこしでも、あなたの「へえー」を頂けると嬉しいです。では。

Visiting the Hong Kong Association of Deaf

23 6月

This movie is from when I visited Hong Kong.
My visit of Hong Kong was very short; however, what I saw and what I learned there was an extensive taste of multicultural essences that I could not forget.

The Hong Kong Association of Deaf is the center for Hong Kong Deaf people.
People come to stop by the office for conversations, to get involved with activities, and to ask help finding jobs, etc,,.

When I entered the office, a few senior women were sitting down on a sofa and having conversations, in the middle of the afternoon.
I told them “GOOD-AFTERNOON” in Hong Kong Sign Language, and they bowed back.
But they didn’t ask what I was doing here or who I was.

They might be too shy to do so.

Terry is one of the workers at the Hong Kong Association of Deaf.
He helped me to make the clip.
I’m really thankful to Terry, and Jenny Lam who guided me and who I had a fun time with as my new friend.

They are also open for visitors:) so please feel free to contact the office:)

Cartoonist: Osamu Yamamoto, Harukanaru-Koshien(遥かなる甲子園)

22 4月

There was a deaf school that ran for just six years (1977-1983) in Okinawa; Japan.
The name of the school was the Kitashiro School for the Deaf.

The rubella children in Okinawa during 1960’s, as explained by Karen Nakamura  in her book “DEAF in JAPAN:Singing, Policies, and identities”, (Nakamura, K. (2006), 66-88 page) result from an epidemic called rubella which spreaded widely into the United States. At the same time, Okinawa had some cases, and recorded 300 babies with multiple disabilities from the Rubella virus may be (the cause for the symptoms: contract, deafness/hearing loss).

The Kitashiro School for the Deaf was established as a countermeasure by the Japanese government with the sudden increase in number of deaf children falling behind in academic competition at mainstream schools.

So that school just ran for six years.

The school became well-known as a model of the fictional school, named the Fukusato School for the Deaf by Osamu Yamamoto’s comic book, Harukanaru Koshien(遥かなる甲子園)

According to Nakamura (page:68) Harukana Koshien also means “roughly, Koshien[Stadium] ever so far away”,

A cartoonist, Osamu Yamamoto is also well known for an another of his cartoons called Wagayubino O-kesutora(我が指のオーケストラ)  Surprisingly, the books were already translated in French! http://minamiruruka.seesaa.net/article/99126205.html) and I could not find any original link for those books. To find the link, knowledge of French Language might be required.  Anyone interested in finding this info,  let me know?)

Anyway, the original story for the book, Harukana Koshien was written by Ryoya Tobe in 1980.

What made this story special?
Because deaf children from the rubella epidemic (風疹児) in the 1960’s entered the deaf school and aimed for the national summer baseball competition because most deaf players already played with hearing kids in mainstream schools.

As the text in the upper frame shows, deaf people weren’t allowed to play because of section 4 of the School Education Law, and people were strongly opposed to the deaf school attending the summer baseball competition, saying “its too dangerous”. Thus, deaf students had to give up their eligibility for the summer baseball competition.  It is what happened during the 1980s to 1990s.

In the website called deaf people in Manga(マンガの中の聴覚障害者) it explains that the cartoon writer, Osamu Yamamot himself appears on the book, and describes how he learned about this story, and he said

“This is not just a matter of playing baseball”

Yamamoto even wrote it in his book.


(The man on the swing is Osamu Yamamoto, telling his friend “This is not just a matter of playing baseball” from the 9 volume. 142 page by Osamu Yamamoto)

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