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コーダについて

8 3月

コーダとは英語の略語CODAからきています。

Children of Deaf Adultsで、ろう親を持つ子供という意味になります。

 

ろうコミュニティの中で、CODA(コーダ)は耳が聞こえない親を持つ聴者の子供という意味で理解されているのですが

英語の直訳を見ると「ろう親を持つ子供」となるのでその意味で理解すれば、ろう児もコーダになります。私はコーダと言われたら、一応、聴者だよね?と確認を取るのですが、だいたいが聴児でろう児だったことはないです。ろう児だったらコーダという言い方をせず、ろう児っていうのがほとんどだと思うので、まぁ、それも驚くことでもないのですが。

コーダの誇りというタイトルの映画、時間のある時にご覧ください。

この映画はラチェルというコーダの子が全米高校映画コンテストのために作ったもので

みごとに優秀作をいただいたものだそうです。

以下、日本語訳です

 

(音のない状態で映像が流れる)
これはサイレントムービーではありません
これがどのようにしてろう者がこの世界を理解しているかなのです。
全てが視覚的で、雑音、色々な声、音はありません。

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私の名前はラチェル・ベアー、14歳
私の兄 ヤコブ、そしてサラという妹がいます。
そして私の耳が聞こえない両親、ジュリーとジョーイ
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私の兄妹はCODA(コーダ)
コーダとはChildren of Deaf Adultsの略語です。
ヤコブ、サラ、私はコーダとして、ろうコミュニティの中にいる多くのろう者と出会ってきました。
ベイエリアにあるろうコミュニティは広く、だからコーダのコミュニティーもそれに伴って存在しています。
 らt
コーダの誇りにもいろいろあって
例えば、マイケル・ベレスとシェリー・ヒックスによるハーフハーフのデュオに見られるソングーサイン(song-signing)
ハーフハーフとは半分が聴者で半分がろう者ということ
ではコーダのあり方について説明してくれるマイケルさんを紹介しましょう。
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こんにちは、僕はマイケル・ベレス コーダとして誇りを持っています。
コーダのことについて知っていない人が多いでしょう。
でも僕たちは
僕たち自身のことについて
このユニークなコミュニティーについて
誇りを持っています。
今日は君たちにそのことについて色々教えてあげるよ。

言語について

僕はコーダとして、アメリカ手話の中で育ってきたんだ。
アメリカ手話が第一言語で、英語が第二言語
ほとんどのコーダがバイリンガルで育ってきて
二つのコミュニケーションモード、つまり英語とアメリカ手話を日常で使っているよ。
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(ダンテ・ブルックス君)
僕の両親は(僕に)アメリカ手話を教えてなきゃいけなかったんだ。
でなきゃ、コミュニケーションが全く取れなかったからね。
もし教えてくれなかったら、もっと難しかっただろうね。
だって僕が覚えた最初の言語は(英語でなくて)アメリカ手話だったからね
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(ジャクソン アンダーソン コバック)
普通の人が英語を学んで育つように、アメリカ手話を学んで育ったんだ。
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(ダニエレ・モイヤー)
(アメリカ手話を)学習した覚えなんてないわね。
ただ、二つの言語を知っていて、そうやって育ったということは覚えてる。
これでアメリカ手話がわかる、英語がわかる、みたいな、そうやって気づいた瞬間なんてなかったわ。二つの言語を知っていて、そうして育ったのよ。
(ダンテ・ブルックス君)
ひとつ以上の言語を知っている今
普通に話すこともできるし、アメリカ手話を使うこともできる
ろう者とコミュニケーションをとるとき、 ろう者と話すときもやはり普通に話すことができる
それはやはり(僕が二つの言語を)両方知っているから

二つの言語の間で

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 (マイケル・ベレス)
 二つの言語を知っていることについてだけど、個人的にはアメリカ手話を使う方が好きで
それは如何してかというとやはりそれはアメリカ手話が僕にとってネィティブ言語だから
それは、英語と比べて、明らかに自然な成り行きだし
やはり一番使っていて心地がいい。
使っている時が一番、自分らしさを出せる。
それに(使っている時は)英語を使うよりも自分らしい様々な表現ができる。
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(ダンテ・ブルックス君)
英語よりもアメリカ手話を使う方が好きなんだ。
だってアメリカ手話が第一言語だし、使っていて心地がいいんだ。
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(ジャネット マックスウェル)
英語は社会的に使う言語です。でも手話は手話通訳者として職業的に使う言語です。
そして私にはあれよりもこれがいいという好みの言語がありません。
二つの言語を使って、コミュニケーションをとるということを楽しんでいます。
五分五分といったところかしら。
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(ジャロッド・モイヤー)
僕が思うに、英語かアメリカ手話を使う状況によると思うんだ。
友達と一緒にいる時は英語を使うだろうし。
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(ジェシカ・スマリオ)
私の兄弟は聴者だし、一緒にいる時は話すわ。
でもお父さんが部屋に入ってきたら、手話で話し始めるわ。
好みの言語なんてないわ。
でも私の育った環境と言語を見れば
(ジャクソン・アンダーソン・コバック)
僕の友人たちの多くは聴者だし、彼らはアメリカ手話なんて全く知らないよ。でも僕にとってはアメリカ手話を使う方が好きだな。自分らしい表現ができるし。

手話やろう者を知らない聴者たちのリアクション

(マイケル・ベレス)
コーダとして手話は自然なことなのです。私たちは日常生活で手話を見ています。
でもろう者にあったことのない聴者からにしたら、ろう文化について全く知らないし、手話についても全く知らないでしょう。だから彼らからにしたらそれは心地が良くないものかもしれません。
また、彼らの初めてろう者にであった時の彼らのリアクションは本当に様々でしょう。
(ジャロッド・モイヤー)
僕の両親がろう者だってわかったら、いつも色々聞いてくるんだ。
どうやってテレビを見るの?どうやって車の運転をするの?みたいな
(ジェシカ・スマリオ)
あ、ゴメンなさいって謝られるか、色々聞いてくる人もいるわね。
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(ジャネット マックスウェル)
点字が読めるの?
運転できる?
本当に見当違いの質問をしてくるのよ
私の両親には全く関係のないことなのよ。
手話について全く知らなくて、バイリンガルとは何かについて全く知らない人たちの考えることよね。
(ジェシカ・スマリオ)
聞いちゃいけないことを聞いたと思って
ゴメンなさいって謝ってくる人もいるわね
それでそれ以上何も聞いてこないのよ
(ダンテ・ブルックス君)
(変な顔をする)こういう風にリアクションすることが多いよ
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(ミキタ・バンダー・コートーエストラダ)
ほとんどがびっくりしたリアクションをする
だって私の(学校の)成績がいいから
ほとんどの人はろう者があんまり物事を知らないと思ってるの。

偏見

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(マイケル・ベレス)
ろう者に対するステレオタイプを持っている人は沢山いる。
多くの聴者はろう[deafness]を障害としてみなす。
ろう者たちは他の人たちと同様にコミュニケーションをとることができないと思っている人が多いのです。
でも実際ろう者であるということはそのように限定されていることではないのです。
彼らはろう者かもしれないが、だからと言って「静かな人」[silent]ではありません。
(ジャロッド・モイヤー)
自分の親が受け身だと思った事なんてないよ。彼らは自分の意見を持ってる。
両親ともに大学卒だし、良い教育を受けている。
(ダニエレ・モイヤー)
お母さんもお父さんもシッカリした人よ。
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(ミキタ・バンダー・コートーエストラダ)
ろう者だからと言って、馬鹿なわけじゃない。
私のお母さんは数学が得意で、私に数学を教えてくれるの。
(ジェシカ・スマリオ)
私のお父さんはとても賢い人よ。
大学へ行ったし、コンピュタープログラマーなのよ。
お母さんだって教育を受けたし
彼女自身で暴力を受けた女性のための非営利チャリティーだって作ったのよ。
彼女は全米で暴力を受けたろう女性のための声になってるのよ。
絶対にろう者だから受け身ってなわけじゃないわ。

二つの文化の中で生きる〜コーダという集族

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(マイケル・ベレス)
コーダであるということは
僕にとって集族の一部であることなんだ。
言語と文化に富んだ集族
そしてそれは(その集族は)僕の魂に根付いているんだ。
それはずっと変わらないことなんだよ。
無視できないことなんだ。
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(ジャクソン アンダーソン コバック)
聴者とろう者の両方の二つの文化に僕は属している。
それってすごいことだと思うんだ。
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ジャネット マックスウェル)
コーダであるということは私にとって重要なことよ。
自分の親を誇りに思う機会を与えてくれたわ。
おじさん、おばさん、従兄弟、そしておじいちゃんおばあちゃんもね。
みんなお母さん側の方でろう者なの。
だから自分の家族と繋がることができたし
それは自分の両親との繋がりについてもそうなのよ。
だから自分がコーダであることに誇りを持っているわ。
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それは聴者の世界でコミュニケーションをとるだけでなく
ろう者の世界においても(コミュニケーションをとるのを)助けてくれる。
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(ジャネット マックスウェル)
それに私はコーダであることを名誉に思う。
私たちのような人は多くないし、狭いコミュニティーの中だから
ろうコミュニティは密接につながっていて
私が思うにコーダ達も同様に特色を持ってつながっている。
私たちが作っている絆や繋がりは
親がろう者であるということや
同じような経験を共有しているから。
だからコーダであることを誇りに思う。

共有した経験

(マイケル・ベレス)
だから、もちろん
私たちはろう者の親を持つがゆえに
ユニークで、似たような経験を共有している。
(ジャクソン アンダーソン コバック)
時々、僕の義理の父がラジオをつけて踊り始めるんだけど
それがある時、ただの雑音だったんだ。でもそれでも彼は踊ってたんだよ。
ジャネット マックスウェル)
ろうの両親とろうコミュニティはとても近いもので、つながっているのです。
だから社会的な交流の場で、親が(友達と)あった時、なかなか帰らないのよ。
それは『ろう者式のサヨナラの仕方』[deaf goodbye]って言われてるの。
で、私の親はいつも「五分したら行くぞー」っていうんだけど
二十分経ってもまだいるのよ。
それでまた「あともう少ししたらいくぞー」っていうの
それで私たちが(コーダ)「早くしてよー」っていうんだけど
「わかった、わかった、あともう少しだから」って…
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(ダニエレ・モイヤー)
時々私のろうの両親についての面白い話をする時
どんな感じかって?
いつもこんな感じ。
私の親が通訳を頼んできたとき
でも私は通訳が全然ダメで
特にウェイトレスさんに対して
時々、お母さんがご飯にいちゃもんをつける時があって
でも私はこれが嫌で
だから私は「彼女はちょっと違うものが欲しいみたいです」
っていうの。
曖昧に言うんだけど
でもウェイトレスさんは
お母さんの(ご飯に対する)表情をはっきりと見れるわけよ
でも私は冷静に「おねがいします」って
ウェイトレスさん、またお母さんの怒った顔を見て、
私が「はい、お願いします」っていうのを見て
ウェイトレスさんが混乱してるのがわかるんだけど
でも仕方ないわよね(笑)。
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(マイケル・ベレス)
いつでも私たちはろう文化を、そして私たちのコーダとしてのアイデンティティを大切にしています。

 手話で自己紹介 そしてエンディング

(それぞれが各自、手話で自己紹介)
(場面変わり、三人のコーダの子供が音声英語で会話
親が部屋に入ってきた途端、みんなが手話に切り替える)

 

 

 

 

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Audismという言葉をご存知?

8 11月

Audismとは、1975年にTom L. Humphries(トム•ハンフリーズ)によって提唱された言葉である。(ちなみに彼の博士論文です)

そもそも[Audism]の『Audio』は「聴力」をさしており「ism」が付く事によって「至上主義者」という意味合いになります。直訳だと聴力至上主義者という意味になります。

さておき、wikiによれば、”「話せる/聞ける」という能力が、生きていく上でより良い生活をおくることができるという信念” のこととあります。

”Audism describes the mentality that to be able to hear and to speak is necessarily better and leads to a higher quality of life.

聴力至上主義者の例としては、親が手話を否定し、口話や、リップリーディング(Lip reading)などを強要したり、手話をちょっとだけ知っている聴者が、わざわざ大きな声で話ししたり(本人が希望していないのにも関わらず)、何らかの形で「聴こえる/聞こえない」を基準に、聴覚しょうがい者、難聴者、ろう者を排除しようとする行為のことです。

Types of Audism(聴力至上主義者の種類)

Physical(身体的)

一般的に多いのが身体的な聴力による差別、

例)電話対応ができないからといって、個人の能力や、才能が制限されたりする。

 

Linguistic (言語的)

身体的な聴力的差別が続くと、1980年代のアメリカや、日本の聴覚障害者教育のように、多くのろう学校で手話が禁止されたりと言語学的な差別になってしまいます。

Cultural (文化的)

例)1930年代のナチスの聴覚障害者大虐殺、去勢手術のように、障がいがあるからといって、人種差別をし、ろう文化や、歴史が、否定され、破壊される。

すこしでも、あなたの「へえー」を頂けると嬉しいです。では。

手話の動画増えたきっかけ:東日本大震災 日本人の心

2 4月

はじめに、この記事は三月三十一日に書いた記事の日本語版です。

非常に興味深い。

2011年、あのおぞましい災害、東日本大震災が起きた時
多くの報道陣はあの痛ましいシーンを何回も流した。
インターネットやTV上でも、同じようなシーンが流れていた。
大きな波、流される色々なもの、水に沈んでいく家々、繰り返し繰り返し、、、

メディア(Media),

それは、時々、私達にとってはとても便利なもの
何かが起こったのか、何がそこで起こっているのかを知るのには

特にあの時
仙台にいた人達にとって「あの日」は悍ましい出来事だった。
日本ろうあ連盟の「あの時あなたは」というサイトにも載っているように
それぞれ、個人が、あの時を、どういう風に見たのか/経験したかが描写されている。
このように、ろう者にとって、地震はとっても恐ろしい災害である。

ほとんどのろう者/難聴者が「人とつながる」ためにインターネットやデバイスを使用している。
つまり彼らにとって、インターネットやデバイスをなくすということは、無人島に突然疎外されたようなもの。

また、ほとんとの緊急ニュースは字幕なし、例え手話がついても、テレビの端っこ
ほとんどのろう者が「分からない」と。

私たち、ろう者にとっては、他のろう者のことについて気にかける。
なぜなら、立場上よく分かっていることというものがある。その例の一つが手話だ。

「ろう者であること (Our DeafHood)」それはたまに、ふとしたときに、現れる。
それも願ってもない形で。

手話の動画の数が増えている。それも東日本の大震災後に(Increasing the number of V-log after the earthquake in Tohoku)

特にエゾエ(@stsezoe)さんによって
始められたDNN(Deaf Net News)というチャンネルは、
そもそも、日本の震災ニュースをより早く
分かりやすく、被災地にいるろう者に伝えるという目的によって
作られたものである。

スタッフの増加や、ニュースのジャンルの増加、またアクセスの数の増加という面をみると
現時点でトータル1.213.876, チャンネルのフォーローが485という数字(2012年3月31日現在)は
とても「成功している」と言える。

YouTubeの「DNNについて」という説明欄には
「手話でニュースを」という文字が踊る。

なぜなら 私たちが「そうしたかった」からである。
私たちは「分かりたい」という選択をしたのである。
だからDNNというチャンネルがここにある。

ろうコミュニティーの数あるリーダーの一人、矢野は
以下のビデオでこのように言っている。

そういった意味で、DNNは聾コミュニティーに貢献している。
私たちが「何が起こっているのかを知る事ができる」というのは素晴らしいことだ。

DNNについて by 矢野さん

手話の方言、またその意味

28 3月

「ろう」、「聾」、「ロウ」、「つんぼ」、「ろうあ」、「聾唖」、
「聴覚障害者」、「ハンディキャップをお持ちになられるお客様」

日本語の中にある色々な表現をならべてみました。

ろうを表現する言語表現。

この言語表現の違いは手話にもみられ
日本のろうの世界でも「ろう/難聴者」を表現する手話がたくさんあります。

今回は「手話の方言」を紹介し、「その意味」について考えたいと。

近代テクノロジーに感謝。
インターネットなしではなにも出来ませんよ。
まずはこちらを。(「学校」を手話で色々、それから「曜日」の手話を色々)

つぎはこちら(「水」の手話を色々、紹介しておられます)

素敵ですよね。
色々な手話をみていると
この手話はどのように定着されていったのだろうかとかという
いろいろな想像が膨らんで行きますね!

つまりこの動画からわかることは
月曜日から日曜日までの手話は大きな街の方などにいくと
標準化されています
(標準化された手話というのはみんながよく知っている、学校で教えられる月曜日から日曜日の手話のことです)

地方の方などにいくと、手話はまちまちでまばらだということが分かり
まさに定着されるか、定着されないかといった
クレオール化される、言語ユニットとして定着される/されないのライン
あるということが分かります。

(なので地元で手話通訳をやっているという人達は
地元の手話を熱心に勉強してされている方がおおいようにおもいます。
この傾向は東京や大阪から離れると離れるほど
その傾向がつよくなる気がしています。)

またこのクレオール化というプロセスには
ろう学校などの学校機関が言語を定着させる場所として
重要であることが多くそれは日本でも例外ではありません。

悲しい事に、他のページで書いたようにミラノ会議の影響や手話に対する偏見でろう学校では手話そのものが推奨されずじまいでした。

このように手話は、社会的側面、言語学的側面、文化的側面からみても
否定されつづけてきました。

つい最近になって、手話を推奨する動きは盛んになってきましたけども。
で、気になっていることなんですけど
「方言」っていう言葉はちょっとここに当てはまらないような気がします。
といっても、一般に考えている「方言」っていうのは

1)一定の地域社会で話される言語、
一つの言語が地域によって別々に発達していき
音韻、文法、語彙等の上で別々に言語体系をなす

という風に理解しているかたが多いかと思います。

それ以外にも
2)共通語以外に地方で話される特有の言葉
3)特定の階層に用いられる独自の言葉

このように特定の階層の例のように
つまりDeafHood(デフフード)「ろうであること」という共通の状態(コンディション)
(この場合身体的条件として触れておきますが)
特定の条件がそろった場所だったり
特定の民族だったり
特定のコンディションがそろった状態

言語が発達すると、「独自の言葉」になります。
みなさんこのことを聞かれると、え?っていう反応をされる方がおおいです

ジェスチャーは?
キュードサインは?
手話のようなコードサインは?

世界中の手話研究者達が、様々な分野で、手話のリサーチを頑張ってきてくれたおかげで
今ではずいぶんといろいろなことが分かってきています。
例えば、アメリカの指文字はもうすでに意味をもった形態素として意味定着され、
一つの手話として見なされてることとか

キュードサインでは手話のように空間内でのユニット化が起こりにくいということや
手話にはモダリティー差異をもついう複雑な特徴を持つがゆえに
音声言語と同様に複雑な体系をもつ言語であるということが証明されているということ。

まぁ、ともかく今は、
手話の方言には
「この共通の意識をもつグループが集まる事によって発達された言語」というイメージがあるということを

皆さんには知ってもらいたい。

そして昔のろう者は(昔は寮暮らしをされている方がほとんどだったので)
ろう学校に通っていらしたし

自然にそれぞれ学校寮の中で方言手話を発達させていったということが予想されます。
当時は親が手話を知らないというケースがまだ多かった時期でしたので
ろう者同士でコミュニケーションとるという機会も多かったそうです。

いくつかの文献が言っているように
言語と文化は切っても切れない縁であるというのは本当ですね。

このように手話の方言などがyoutubeなどに
アップされると即チェックするようにしています。

手話を勉強しておられる方は
また身近にいるろう者の方に
方言手話で、「これはどうやって手話するのー?」って聞いてみてください。

すこしでもあなたの共感もらえると嬉しいです。

では。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。